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最高裁判所大法廷 昭和37年(あ)624号 判決 1965年1月20日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人海野普吉、同坂上寿夫の上告趣意について。

所論は、本件適用法令たる外国為替及び外国貿易管理法(以下、単に法という)二七条一項三号(以下、本件規定という)の憲法二九条違反をいい、その理由として、憲法二九条の解釈上、財産権の行使を制限しうるのは、公共の福祉のために必要な場合に限られるべきであるところ、本件事案は、輸出したメリヤス糸の実際の売買代金を越えた金額の弗建信用状を受け取り、右信用状による代金受領後その超過分等を計算して円貨で支払つたというにすぎず、右支払が居住者に対し非居住者のためになされたものであるとしても、その円貨は自由に外貨に変りうるものでなく、むやみに外貨として流出するおそれはないのであるから、わが国の外貨収支面からはプラスにこそなれマイナスにはならない、かようなわが国民経済にとつて有利となる支払までも禁ずることとなる本件規定は、公共の福祉のために必要とされる範囲を越えて財産権の行使を制限するものであり、憲法二九条に違反する、と主張する。

本件規定並びにこれに基づく、本件当時の外国為替管理令(昭和二五年政令第二〇三号)一一条等の定めるところによれば、所定の主務大臣の許可ないし日本銀行又は外国為替公認銀行の承認を受けなければ、本件のような支払はなしえないこととされている。かような規制を加えることが、憲法二九条に違反するかどうかについて判断するに、本件のようないわゆる預かり円の発生については、その前提として既にそれに相当する外貨が本邦に入り、外国為替銀行等の手に集中されることにより、外貨の集中という目目的は一応達成されているとみることができ、しかも本件のような預かり円の支払を自由に認めることにより、わが国輸出業者の相手方外国輸入業者に対する便宜供与を容易ならしめ、もつてその業績伸長を通じ、わが国輸出貿易の拡大に寄与する面がないとはいえないかもしれない。しかし、法による外国為替及び外国貿易の管理が単に外貨の流入を促進し、集中すること、ないしは個々の貿易業者の業績伸長のみを目的とするものでないことは、法一条に、「この法律に、外国貿易の正常な発展を図り、国際収支の均衡、通貨の安定及び外貨資金の最も有効な利用を確保するために必要な外国為替、外国貿易及びその他の対外取引の管理を行い、もつて国民経済の復興と発展とに寄与することを目的とする。」と規定されていることにかんがみるも、明らかなところである。そして、本件のような預かり円の支払に対し何らの規制手段が講ぜられないものとすれば、右支払を受けた非居住者が本邦内においてこれを外貨で他人に売り渡し、その結果、円資金が安価に取り引きされ、円の公定相場が乱されるおそれがある一方、外国人が滞在費として支払うため本邦に持参する外貨が預かり円の存在によつてそれだけ減少し、間接的にもせよ外貨の流入を妨げる事態が発生することも予想される等、具体的な実害の危険がないともいえないのである。とくに本件輸出品目(メリヤス糸)については、本件取引当時いわゆるチエツク・プライスの制度が採られていたので、本件のような預かり円の支払が自由に許されるというのであれば、信用状の額面上は、チエツク・プライス或いはそれ以上の取引額としておき、実際はチエツク・プライスを下廻つた輸出契約が行なわれ易くなり、輸出貿易上、好ましくない事態の発生を助長することも懸念されたのである。本件規定が国民の経済活動、ひいて財産権の行使に対しある程度の制限を加えているものであることは疑いがないけれども、以上、説示したところにかんがみれば、右制限は、公共の福祉に適合する、合理的なものと認むべきであり、本件規定は憲法二九条に違背するものでないから、所論は結局において理由がないものというべきである。

よつて刑訴四〇八条により裁判官全員一致の意見により主文のとおり判決する。(裁判長裁判官横田喜三郎 裁判官入江俊郎 奥野健一 石坂修一 山田作之助 五鬼上堅磐 横田正俊 草鹿浅之介 長部謹吾 城戸芳彦 石田和外 柏原語六 田中二郎 松田二郎 岩田誠)

上告趣意<省略>

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